目次
はじめに
第章 タイ国の経済成長と労働市場における構造変化
第節 工業化の展開と産業構造の変化
第節 タイの経済発展と女性労働市場の構造変化
第章 女性労働の歴史的背景と伝統的地位及びその役割
第節 農業経営における女性の地位と役割
第節 ステレオタイプの概念と女性
第章 バンコクにおける女性労働の現状と特質
第節 女性労働者の雇用形態と就業構造
第節 女性労働者と階層分化
第章 女性労働政策の発展と課題
第節 女性労働に対するサポートシステムと労働政策
第節 国連女子差別撤廃条約とタイ政府の対応
おわりに
はじめに
タイの急速な経済発展による社会経済環境の変化は、産業構造及び女性労働者とその市
場に大きな影響をもたらした。経済活動のバンコク一極集中による都市と地方の経済格差
は、タイにおける労働移動を促進させる主要因となり、工業化の進展は女性労働の概念を
拡大させた。すなわち、従前の家庭内労働を担う無給労働者から賃金労働者へという雇用
国際関係論集 1Apr il 2001
形態の変化をもたらし、女性自身の地位と役割に影響を及ぼしたという点において、工業
化の発展は意味を持っているといえるのである。工業化の進展による女性の賃金労働化は
女性の経済的・社会的地位を向上させる一要素ではあったが、それは必ずしも女性労働者
にとってプラスの影響のみをもたらしているものではないのではないだろうか。本論文で
は、女性労働者の地位と役割にマイナスの作用をもたらす要因を指摘し、効果的女性労働
政策に対する視座を提示することを目的としたい。
労働集約型の輸出産業に多くの女性労働者が吸収されたが、工場等における雇用の主要
因として挙げられるのは、男性よりも賃金が安価で従順であることである1。それは、男
女の生物学的な性差よりも社会文化的、ジェンダー的性差が背景となって表出しているよ
うに思えるのである。すなわち、女性に対するステレオタイプ的な観念が存在しているの
ではないだろうか。タイ女性の高い労働力参加率の要因や労働市場における男女間の様々
な格差を考察する際には、そのような社会文化的背景を念頭に置いておかなければならな
いと考える。従来のタイ女性労働者に関する研究の大半は、統計の分析、現状の問題を記
述したものに留まっており、女性労働を取り巻く社会経済環境の変化といった歴史的分析
は欠如していた。また、女性労働問題として取り上げられる対象は、インフォーマルセク
ター層、売春婦等の特定の分野に集中しがちであった。女性労働問題と社会政策との関連
性を重視したP a t t a m a p or n の論文は、従前の研究で欠如していた社会福祉の視点を盛り
込んでおり、重要な意義が見出せるものであるが、対象となる女性労働者は低賃金既婚女
性者のみとする限定されたものになっている2。私はこのような従来の女性労働問題研究
の視点をけっして否定するものではないが、女性労働の現在と過去、現状と政策の相互関
係をより明確にするための包括的分析と実証的検討がさらに求められていると思う。
現在タイは、経済成長至上主義から社会開発中心の計画へと転換中であるが、効果的か
つ現実的社会政策の実現には何よりも女性労働市場における変化、特に女性の地位と役割
の変化を時系列的視点から捉えることにより女性労働の社会・文化的背景を分析し、把握
することが必要となろう。その際、女性労働と家庭におけるジェンダーロールの相関関係
を明らかにすることは有効なアプローチであると考える。なぜなら女性の家庭外労働と家
庭内労働の2 重負担削減が、女性労働政策において重要な目標項目に掲げられる中で、そ
のようなジェンダーロールの考察をしないことは、労働の2 重負担は女性労働者だけの問
題であることを断定することにつながるからである。経済活動における女性労働者の寄与
度と社会政策のアンバランスの是正は、女性労働政策及び現在のタイ国経済社会開発計画
に対する重要な課題となっており、政策立案者は計画の欠点批判を行うことに終始集中す
タイ国における女性労働者の地位と役割及び社会政策の発展浅川
る傾向にあるが、そればかりに留まっているだけでは不十分ではないかと私は考えている。
つまり、現在の女性労働市場における問題をより社会文化的考察をもって解明する必要が
あると思われるのである。その上でその問題点を解決する効果的政策の方向性を提案しな
ければならない。
本論文では、実証的に女性労働の実態を把握するために、社会経済発展の過程の中で最
も影響を受けやすくかつよりアクティブな役割を担っていると考えられるバンコクにお
ける女性労働者のケーススタディを行うことにより、タイにおける女性労働者の就労環境
の現状を明らかにする。そして、女性問題の国際的枠組みである女子差別撤廃条約とタイ
国政府の国内的取り組みとの検証を試み、タイ経済社会開発計画の問題点ならびに法制及
び事実上の男女平等・不平等性を指摘した上で、女性労働者に対する近未来の効果的な社
会政策への視座を提示したいと思う。
第1 章 タイ国の経済成長と労働市場における構造変化
この章では、タイの工業化が労働市場に与えた影響を産業構造と就業構造の推移から分
析し、経済発展に伴う労働市場の変化、ここでは移住労働を取り上げ、女性労働市場に与
えた影響とその構造的変化を考察する。特に7 0 年代、8 0 年代における労働市場への女性
の参入形態の変化に着目して分析することにしたい。
第1 節 工業化の展開と産業構造の変化
1工業化の進展と労働市場における産業構成の変化
タイでは6 0 年代の輸入代替工業化政策の行き詰まりから7 0 年代には輸出指向型工業
化へと転換、投資奨励法の改正等輸出向け工業の投資促進政策が推進された。輸出工業製
品は、主として農産物加工品や繊維製品等であり、労働集約型産業に重点が置かれた。8 0
年代半ば以降の高度経済成長は、日本及びアジア新興工業国が海外への直接投資を増加す
る要因になったプラザ合意を背景としており、この外国直接投資の急激な拡大が商業やサ
ービス業等の第3 次産業を活況化させ産業構造に大きな影響を及ぼしたのである。
タイの産業構造は伝統的に農業を中心としたものであったが、8 0 年代後半以降は急速
に工業化が進展し、製造業の産業構造に占める比率が著しく拡大した図1 -1。輸出構
造の変化をみてもこの動向は顕著であり、7 0 年には米やゴム等の伝統産品と旧製品の一
国際関係論集 1Apr il 2001
部を含む農産物関連品が上位品目の大半を占めていたが、8 0 年には繊維産業が食品工業
を上回り、9 0 年に入るとコンピュータ・同部品、IC 等の機械工業が上位に進出し輸出上
位品目を占めるようになった。9 7 年の産業別輸出構成比をみると、製造業輸出が70を
占めており、農業輸出は1 4で他の第1 次産業を合わせてみても2 4であり、タイの産
業が製造業輸出に依存していることが分かる3。
7 0 年代以降の工業化の発展に伴う産業構造の変化は、労働市場における職種別就業構
造にも影響を及ぼした。7 0 年代では、まだ8 割近くが農業セクタ− に従事していたが、
8 0 年代後半には過半数、9 0 年代後半では過半数以下と減少し、2000 年労働統計によれ
ば約3 7と減少傾向は止まっていない。その一方で、製造業、販売業、サービス業を始
めとする非農業セクター就業人口が工業化の促進とともに増加してきており、この3 0 年
間で就業構造には量的にも質的にも大きな変化がみられた。8 0 年代後半以降の外国資本
による投資ブーム、加工輸出型産業における多国籍化の興隆により労働力需要がアジア
NIES 及びAS E AN 諸国に求められ、そうした需要の急増が非農業セクター就業人口を増
加させることにつながり、また就業構造の変化をもたらした。そして、バンコクを始めと
した都市を中心として推進されたタイの工業化は主に農村部からの大量の労働力を吸収
することになる。以下では、工業化が与えた影響としてのタイ国内における移動労働の動
向をみてみたい。
図 − 産業構造の変化GDP の推移
出所盤谷日本人商工会議所編『タイ国経済概況』1998/99 年版
盤谷日本人商工会議所、1999 年69 頁より作成。
2工業化とバンコク首都圏への労働移動
積極的な外資導入政策で促進された工業化は、タイ経済の国際化とマクロでの国民所得
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
1 00%
19 60 70 80 90 96
年
その他
建設業
製造業
農林水産業
タイ国における女性労働者の地位と役割及び社会政策の発展浅川
の拡大に大きく貢献したが、工業化の地理的偏在によって都市と農村の経済格差を拡大さ
せることにつながった。そして首都バンコク及び周辺県に経済活動が過度に集中したこと
から、地方からバンコク首都圏への移民急増をもたらした。これは首都圏と地方間の所得
分配の構造に要因があると考えられ、労働者の賃金の実態をみてみても、バンコク首都圏
と周辺地域との間には大きな隔たりがあることが明らかである表1 -1。
表 − バンコク首都圏と地方間の賃金格差単位バーツ/月
バンコク首都圏 内バンコク 中央部 南部 北部 東北部
6,725.75
(76)
8,833.28
(100)
5,867.16
(66)
4,488.13
(50)
4,837.30
(54)
4,880.76
(55)
注括弧内は内バンコクを100 とした場合の賃金比。
出所Alph a Resea r ch Co., Lt d., Pock et THA IL A N D IN FIGUR E S 3rd E dit ion 1999, Alph a
Resea r ch Co., Lt d., 1999,p.48.より作成。
表1 -1 より地方の賃金対首都圏比をみてみると、バンコク首都圏を除いた他地域ではバ
ンコクでの平均賃金水準を大きく下回っており、バンコク首都圏において経済活動が集中
していることが明らかになっている。このような所得分配の地域的不均衡性と賃金水準の
格差現象は年々拡大傾向にあったが、9 3 年をピークに近年は縮小傾向にある4。しかしな
がら、8 0 年代後半以降の工業化の進展に伴う都市と農村の所得格差の拡大は農村から都
市への労働移動を促進させる主要因になったと考えられる。
農村から都市への人口移動の様相をバンコク首都圏を例に挙げ、流入者数の推移をみて
みると、6 5 ∼ 70 年では47.6 万人、7 5 ∼ 8 0 年では58.3 万人、8 0 ∼ 9 0 年では71.9 万人と
年々増加傾向にある5。このことは、農業セクターから雇用機会を求めて都市へ移動する
者が増加していることを示している。またバンコクへの流入者の年齢別構成比をみると女
性移動者は男性に比べてより若年層であることがバンコクの特徴であることが確認でき、
また数的にも女性労働者の流入数が男性のそれを上回っている図1 -2、図1 -3。このこ
とは、バンコクのように大都市であればあるほど女性にとって好ましい就業機会が相対的
に多いということを示唆している。バンコク首都圏には未熟練で廉価な女性労働力を必要
とする産業が発達、立地しており、それが農村部からの労働力を吸収する大きな要因とな
っている。バンコクはそういう意味においても女性特に若年女性にとって、様々な就
業機会を提供する場所であったということがいえ、「女子は諸々の社会的・文化的制約に
より移動性向が男子より低くなっている」という一般的な見方はバンコクにおいては当て
はまらないと考える6。
地方から都市への労働を主たる目的とした人口移動は、女性労働及びその市場の形成に
大きな影響を与えた一要因であった。というのも移動することによって、初めて女性は農
業セクターを離れ非農業セクターに従事することようになったからである。すなわちそれ
は、従来の無給労働者から賃金労働者へという雇用の地位の変化を表しており、女性の社
会的地位の向上という意味においても重要なファクターとして作用したと考えられる。
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