明治時代女性と文学

明治時代女性と文学

はじめに
王朝文化の消滅以後、女性は文学の享受者になることはできても、積極的創作活動に携わることはできなかった。明治時代になって、女性が自己表現意欲を抱いたときも様々な抑圧を被った。その中で書かれた女性の文学は、どのような内容で、どのような軌跡をたどったのだろうか。私は興味を持っていた。
明治時代の政府が成立してから、息をつく間もなく西欧の文明を取り入れ、国会の開設によって、まがりなりにも近代化の第一歩を歩み始めた時代であった。しかし時代が変わっても、人間が生きるたいへんさは変わらない。とりわけ、時代の変転期には価値観がひっくりかえり、仕事の性質も経済構造も変化するが、人はなかなかそこに追いついてゆけない。
時代の流れに従って、樋口一葉、与謝野晶子など文学に魅せられた女性作家たちが登場し、活躍していた。この文章は明治文学史で輝いていた女性たちを概説して、また明治の女性作家のなかで、現在最も評価の高い樋口一葉の本質を論じていきたいと思うのである。

第一章 文明開化から排除された女性
江戸時代以来、女性は先天的に愚かな存在と考えられ、家庭という私的領域に閉じ込められてきた。しかし、明治維新以後、政府主導で上からの近代化政策が次々に押し進められた。例えば、一八七二（明治五）年、学制が発布され、男女ともに教育が義務化された。これと連動するように、文明開化に主導的役割を果たした福沢諭吉「学問ノス、メ」（一八七二～七六年）には、「男も人なり女も人なり」と書かれている[２]。自らの置かれた状況が変わることを期待した女性は多かったはずである。
だが、文明開化の恩恵は男性のみ受けられるものであり、女性は排除されていた。政府側でも、最初の開明的政策はすぐに保守的なものに変わる。国民側でも、男尊女卑意識は牢固であった。義務教育が始まったものの、男子に比べ女子の就学率が相当に低かったことはよく知られている。また、自由民権運動の中で女性が活動するようになると、政府は一八九〇（明治二三年）「集会及政社法」で、女性の政治活動を禁止した。政府や男性社会の、従来どおり女性を愚かなまま私的領域に閉じ込めておこうという意図は明白であった。

第二章 自己表現に目覚めた女性たち
女性に教育はいらない、これが世間一般の常識であった。許されるとするなら、家庭での必要に処するための、ひらがなを中心とした読み書きであった。つまり、実用的な最低限の能力さえあればいい、それ以上はいらないというわけである。しかし、それ以上を娘が願った場合、強い抑圧を受けるのが普通だった。なぜなら、女性を愚かなままに留めておくほうが社会にとって都合がよかったからである。江戸時代以来の教科書「女大学宝箱」が「何事も我身を謙りて、夫に従うべし」と女性にひたすら従順であることを求めたのは、それ故である[３]。女性が自分で考え、自分の意思に従って行動するようになっては、社会は女性を扱いにくく、利用しにくくなる。だから、必要以上の知識を与えて、女性に自我など持たせまいとしたのである。
にもかかわらず、文明開化の言説に刺激されて、知識欲に目覚めた女性たちがいる。彼女たちはこういう抑圧に粘り強く抵抗し、知識を身につけ、さらには自分の考えを表出したいと願うようになる。それは、自らの置かれた状況と葛藤しながら生きる過程で形成された考えにほかならない。これが文学作品という形で表現されることになった。

第三章 「女流文学」の誕生
一八八七（明治二〇）年頃から、当時の言葉で言えば「閨秀作家」つまり「女流作家」が登場するようになり、「女流文化」が誕生した。
しかし、「女流文学」、「女流文化」という言葉は差別的な言葉である。「女流」に対応する「男流」という言葉はない。なぜなら、男性が文学に携わるのは当然だからそんな言葉は要らないからであろう。一方、女性のそれは例外的なものであり、だから傍流として「女流」という語が頭に付けられるのである。こういう状態は第二次世界大戦後の一九五五（昭和三〇）年頃まで続いた。以後実力ある女性作家が次々に登場し、現代ではもはや傍流言葉に変わって、差別的ニュアンスを持たない「女流作家」、「女流文化」という用語が一般的になってきている。
一八八七年当時に戻れば、中島湘煙、田辺花圃、木村曙、清水紫琴らの女性作家が登場した。彼女たちの小説には、女性を取り巻く現実が描き出されている。それは、多く結婚問題であった。女にとって、結婚は永遠の話題だと思われるのであろう。
第四章 花圃と紫琴　結婚

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