協力ゲームとその応用について
- ゲーム理論の歴史
ゲーム理論の基礎には、「経済社会とは人々が一定のルールの下でそれぞれの目的を実現しようとする1つのゲームであり、人々の意思決定は互いに影響を及ぼし合うという意味で相互依存的である」という社会認識がある[1]。ゲーム理論は、こうした利害が対立したり交錯しあう主体の行動を分析する学問であり、ノイマン=モルゲンシュテルン(John Von Neumann,Oskar Morgenstern)の著書『ゲーム理論と経済行動』(1944)によってその基礎が築かれたとされている[2]。彼らの研究の出発点は、ゼロ和2人ゲームであり、ミニマックス定理という明確な結果を得たのち分析はより複雑なゼロ和n人ゲームと非ゼロ和n人ゲームへと拡張された[3]。
ノイマン=モルゲンシュテルンの理論は、1948年にプリンストン大学の数学科の大学院に入学したナッシュ(John Forbs Nash)によって、彼の博士論文で新しい方法に発展させた。ナッシュは、ノイマン=モルゲンシュテルンと異なって、ゲームを非協力ゲームと協力ゲームという新しい分類を提示した。非協力ゲーム理論は、プレイヤーたちがさまざまな目的を達成するために独自に行う合理的な行動を分析し、どのような結果が実現するかに主眼を置く[4]。ナッシュは、非協力ゲームの解として均衡点の概念を、n人ゲームの中でほかのn-1人のプレイヤーが均衡点の戦略を選択する時に各々のプレイヤーは均衡戦略を選択することで利得を最大化できる、と定義した。つまり、均衡点ではすべての戦略はほかのプレイヤーの戦略に対して最適であり、ほかのプレイヤーが均衡戦略に従う限りどのプレイヤーも均衡点から離脱する動機を持たない。
一方、協力ゲーム理論は、プレイヤー間で協力して行動することが許されており、協力することによって得られた便益をどのように分配すればよいか、または、分配すべきかが分析の中心となる[5]。協力ゲームの解の中で、コア(core)、シャープレイ値、交渉集合、カーネル(kernel)、仁(Nucleolous)などの重要な概念がある。コアはほかの配分に優越されない配分の集合として定義され、シャープレイ(Lloyd S. Shapley)やギリース(Donald Brouce Gillies)によって、1950年代に独立した解の概念として発表された[6]。ただ、コアによる分配方法は、1つ以上存在する可能性、全く存在しない可能性がある。利得の分配方法を必ず1つに定まる解にするため、Schmeidlerは、1969年論文に仁(Nucleolous)の概念を提示した。Schmeidlerは、提携形ゲームにおいて、任意の配分方法に関する提携プレイヤーの不満を、部分提携Sによる利得とプレイヤーの得られた配分の和との差と定義され、仁は全ての配分の中で最大の不満が最小になる配分となる[7]。また、Shapleyは、提携に対するプレイヤーの貢献度に応じて利得を分配すべきであるというような考え方から、1953年論文でシャープレイ値の公理化をした[8]。
現在、ゲーム理論は、「経済学のほとんどあらゆる分野に応用されていて一般均衡理論とともに経済学の方法論的基礎を成している」[9]。
- 提携形ゲームにおけるコアとシャープレイ値
提携形ゲームは、特性関数形ゲームとも呼ばれている。n人のプレイヤーの集合をN={1,2,…,n}とする。Nの非空な部分集合を提携、Nを特に全体提携と呼ぶ。Rを実数の集合とした場合、Nの部分集合の集合2N上での実数値関数v:2N を特性関数と呼ぶ。そのため、各提携S(⊆N)に対して、v(S)は提携Sのメンバーが協力することにより獲得できる便益を表す。プレイヤーの集合Nと特性関数vの組(N,v)を特性関数形ゲームという[10]。提携形ゲーム(N,v)において、各プレイヤーの利得を表すベクトルx=(x1,x2,…,xn)が次の2条件を満たすとき、xを配分という。1つの条件は、 i=v(N)である。つまり、プレイヤー全員でv(N)を全て分配している。もう1つは、任意のi∈Nに対して、xi v({i})である。つまり、各プレイヤーに分配される利得が自分1人だけで獲得できる利得を下回らない。
提携形ゲーム(N,v)において、仮にある提携S⊆Nが存在して、 i v(S)が成り立つとすれば、S内のプレイヤーが協力してv(S)を獲得し、その利得を自分たちだけで分配したほうが、S内のプレイヤーにとって配分xよりも多くの利得を得られる。こうした場合では、全体提携以外の提携Sが組まれることとなる。そのため、こうした考えの下で、コアの概念が生まれた。コアに含まれる配分は、S i v(S)が成り立った配分である。ただ、コアによる分配方法は、1つ以上存在する可能性、全く存在しない可能性がある。
提携形ゲーム(N,v)において、任意のi⊆Nと任意の部分集合S⊆N\{i}に対して、v(S∪{i})-v(S)は、Sに対するプレイヤーiの限界貢献度と呼ばれる[11]。この限界貢献度を用いて、シャープレイ値は、以下のように定義される。プレイヤーiのシャープレイ値は、 (v(S∪{i})-v(S))である。全てのプレイヤーのシャープレイ値を並べたベクトルは、提携形ゲーム(N,v)におけるシャープレイ値という。
- 協力ゲームへの応用事例
岸本(2015)では、提携形ゲームのいくつかの例が挙げられている。ここでは、その中の1例を用いて、提携形ゲームの解としてのコアとシャープレイ値を説明する。A、B、Cの3人が居酒屋からタクシーに相乗りして帰宅することにした。居酒屋と3人の家は同じ国道沿いにあり、居酒屋からA、B、Cの順に家があるため、その居酒屋からそれぞれの家にタクシーで帰宅した場合、Aの家まで1,800円、Bの家まで2,100円、Cの家まで2,900円の料金がかかる。最後に下車するCが料金を支払い、翌日に皆で精算する場合、それぞれいくらずつタクシー代を負担すればよいだろうか。
まず、3人で相乗りすることにより、Cの家までの料金2,900円で済むため、1,800+2,100+2,900-2,900=3,900円が節約される。そのため、v({1,2,3})=39(百円)となる。次に、v({1})=v({2})=v({3})=0、v({1,2})=18、v({2,3})=21、v({1,3})=18、というような特例関数vとなる。
次に、コアを求めれば、以下の条件が同時に満たさなければならない。
x1 v({1})=0
x2 v({2})=0
x3 v({3})=0
x1+x2 v({1,2})=18
x1+x3 v({1,3})=18
x2+x3 v({2,3})=21
x1+x2+x3 v({1,2,3})=39
そのため、この例では、コアに属する配分は、x1+x2+x3=39という制限条件の下で、0 x1 18、0 x2 21、0 x3 21という条件を満たす数多く存在する。つまり、下表の示している5つの配分方法が全てコアに属する配分である。その上に、方法2、方法3、方法5のような3人の中に1人が比較的少額料金を負担する配分方法もある。
配分方法 | x1 | Aの負担料金 | x2 | Bの負担料金 | x3 | Cの負担料金 |
1 | 9 | 1,800-900
=900円 |
12 | 2,100-1,200=900円 | 18 | 2,900-1,800=1,100円 |
2 | 10 | 1,800-1,000=800円 | 8 | 2,100-800
=1,300円 |
21 | 2,900-2,100=800円 |
3 | 12 | 1,800-1,200=600円 | 18 | 2,100-1,800=300円 | 9 | 2,900-900
=2,000円 |
4 | 15 | 1,800-1,500=300円 | 6 | 2,100-600
=1,500円 |
18 | 2,900-1,800=1,100円 |
5 | 18 | 1,800-1,800=0円 | 10 | 2,100-1,000=1,100円 | 11 | 2,900-1,100
1,800円 |
出所:筆者作成
最後には、シャープレイ値を求める。この例では、プレイヤー数は3人なので、1人ずつ加われば、全体提携が形成される過程は6通りある。その各形成過程において、各プレイヤーの限界貢献度は下表で示されている。
全体提携の形成過程 | 各プレイヤーの限界貢献度 | ||
プレイヤー1 | プレイヤー2 | プレイヤー3 | |
AにB、そしてCが加わる | 0 | 18 | 21 |
AにC、そしてBが加わる | 0 | 21 | 18 |
BにA,そしてCが加わる | 18 | 0 | 21 |
BにA,そしてCが加わる | 18 | 0 | 21 |
CにA、そしてBが加わる | 18 | 21 | 0 |
CにB、そしてAが加わる | 18 | 21 | 0 |
シャープレイ値 | 12 | 13.5 | 13.5 |
出所:岸本(2015),349ページ,表1。
シャープレイ値を用いて、A、BとCの3人がそれぞれ負担するタクシー料金は、1,800-1,200=600円、2,100-1,350=650円、2,900-1,350=1,550円となる。
上述した例は、提携形ゲームの中に極めて単純化されたものである。現在、協力ゲームの理論が、政治、国際貿易、企業間の合作といった諸方面において活用されている。例えば、産官学の協力を通じて、大学がR&Dを行い、行政機関が大学と企業との仲介役を果たして情報やサービスを提供し、企業が研究成果を生産に活用して利益を生むと同時に、その利益を大学、行政機関、企業との3者の間に配分されるというような協力ゲームがある。こうした協力ゲームにおける利益配分の方法については、ゲーム理論によってその解を求めることができると考えられる。
参考文献
- 川又邦雄(2002),「ゲーム理論の歩みと現代経済学」『三田学会雑誌』第95巻第2号,191-204ページ。
- 岸本信(2015),「協力ゲーム理論入門」『オペレーションズ・リサーチ』第60巻第6号,343-350ページ。
- 岡田章(2007),「ゲーム理論の歴史と現在――人間行動の解明を目指す――」『経済学史研究』第49巻第1号,137-154ページ。
[1] 岡田(2007),137ページ。
[2] 川又(2002),191ページ。
[3] 岡田(2007),138-139ページ。
[4] 岸本(2015),343ページ。
[5] 岸本(2015),343ページ。
[6] 岡田(2007),142ページ。
[7] 岸本(2015),347ページ。
[8] 岡田(2007),142ページ。
[9] 岡田(2007),137ページ。
[10] 岸本(2015),343-344ページ。
[11] 岸本(2015),348ページ。
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